2010年7月31日土曜日

7月30日プロローグ

休日。ちょっと遠出をしました。

まず前提として
バングラ人は首を横に軽く傾けることで「OK」みたいな合図をする。
命令的な感じで顎を前に出すやつの、横バージョンみたいな。

そのときの表情も比較的なげやりな感じなので、個人的にはあんまり好きじゃない。
リキシャワラのは特に。ちょっといらっとする。

前提2
とか言いながら俺たまにそれを使ってる。

前提3
俺あんまりスマイル得意じゃない。
本当に嬉しかったり楽しかったりするときだけしか笑わない。


というわけで最初BKSPの近くでバスを求めてそのへんの運転手と
「これガジプール行く?」「行かない」をちょっと繰り返していると、

近くにいたおじさん(たぶんリキシャワラ)が

「ガジプールならチケットをあっちで買わなきゃ」てことで案内してくれて、

買ったあとに「ドンノバッ」て言ったら首を傾けながら微笑んで返してくれた。


さらに目的地に向かうバスが来たときに教えてくれたので、

バスの中からあざっすの意味で手を振ったら再びさっきのスマイルで見送られた。



ほんとうに、それだけのはなし。

どこにでもありふれていそうな、そんなはなし。


けどすごくいい気持ちでスタートできたし、こっちも自然と笑顔になった。


きっと勝手にそう感じただけなんだけど、そういうの大事だな、見習わなきゃなー。


と思いながら小旅行は始まったのでした。

2010年7月30日金曜日

BKSPバスケ事情2-まいきっず

今日も、僕です。

なそなるちーむを横目に、指導をしているのは前回触れました。

メンバーは初心者5人と2年目が6人かな。たしか。



コーチとも話してしばらくはファンダメンタルの定着が中心。

ハンドリング、パス、シュート、フットワーク・・・

時間がいくらあっても足りない。

当然レベルにばらつきもあるし、対応は難しい。
2年目の子たちはある程度バスケぽい動きできるんだけど、変なクセついてるから修正が必要。

初心者たちはまさに「さあ、どこから始めようか」って感じ。
考えてみるとほとんどベースのない子を教えるのって初かもしれない、CANさん。


とりあえず1日に10回以上全体に

「腰おとせ!足を閉じるな!前を見ろ」

って言ってる。


たまに「コモル」(=腰)のことを「コムラ」(=オレンジ)と間違えて

「オレンジを下げろ!」

ってまったく意味のわからないことも言ったりしていたらしいけど。


そんななか
シャトルラン(スーサイド)のときはちゃんとラインからラインまで時間内に走れと言ったり、
(なそなるちーむは微妙なスピードで適当な切り返しでやっている←見ててイライラする)

フットワークのときは声出してるのが好きだとか言ったり、

集合かけたときにひとりでもダラダラしてたら連帯責任で全員ダッシュとか言ったり、

少しずつ日本色というか俺の好きな感じに持っていこうとしてます。


そういうメンタリティは絶対バスケやめても役に立つはずだし。
逆に言うとそのへん鍛えられなきゃバスケしてる意味ないと思うし。


正直それに対するリアクションとか多少心配ではあるんだけど、現時点では受け入れてくれてるみたい。

関係は良好で、生徒たちの寮にも2回ほど呼んでもらいました。



仲良くやりながら、厳しいところは厳しく、鍛えていきたいと思いますよ。




・・・うおーい、美ら島総体始まってるじゃないか!

でかい心残りのひとつ。初のインターハイ@沖縄・・・

この心残りにたいして

「いや、俺はバングラでそれに勝る経験をしたからまぁいいさ~」

て言えるようにしないとね。



2010年7月28日水曜日

BKSPバスケ事情1-隣のなそなるちーむ

どうも、生徒に「『こんにちは』より『ハイサイ』の方がいかした挨拶だ」とか言って使わせている僕です。

今日はお休み。
イスラム教の人は日中は断食です。
夜は夜通しお祈りしまくったらしい。


さて、
最近はHCも仕事が忙しいらしく、ACも軽く出張行ったりして、練習を一人で見る機会がちょこちょこ出てきた。

前に言ったかわからないけど、今はU-16のナショナルチームが隣で練習しててその大部分はBKSPの選手。
来月ブータンでナショナルな試合に出るらしい。

だから今俺は初心者とか2年目とか、とにかくナショナルレベルにない子たちを教えてる。

まあ指導しながら隣のコート見るじゃないですか。


中には前々任者にちゃんとしたベースを教わって、確率の良いシュートを決められる子とかもいる。
190くらいの子とかも。

ただ全体的にハンドリングは甘いし、ディフェンス甘いし、なによりチームとして機能してる感じがしない。

QYOの18とか19期で普通に勝てるだろうって感じ。


ま、今はあまり関係ないから何も言わないけどね~


ちなみに
そのU-16のメンバーの1人(前述のシューター)と話してるときに年齢を聞いたら

「アタロ」



・・・18さいですって。

俺のリスニングと理解が正しければ、なんでもBKSP入る時に年齢低めで書いたからOKみたいな。


でもブータン行く時に使うパスポートにはちゃんとした年齢載ってるんじゃ・・・?
ま、あのへんの協会はそんな小さなことは気にしないのかな。


日本なんて福岡第一高校かどっかのセネガル人留学生が年齢ごまかしてたってだけで新聞に載るのにね。当たり前だけど。
あれ、延岡だったかな。どっちでもいいや。


なんにせよ
素敵な国です、バングラデシュ。




つーか、停電9時間て!!

完全に昨日の夜のツケがまわってきてるやし!!

無駄に散歩しちゃったじゃないか。もう。


そんな国です、バングラデシュ。


次回は今見てる子や練習の様子について書く気がします。


2010年7月26日月曜日

Wish I were a Bird

今日は非常に過ごしやすい日だった。

太陽はそれなりに出ているけど、風もいい感じで吹いていて、練習中はいつものような雨も降らず、
かなり良さげな気候だった。


さっき風呂終わって部屋出たときに涼しくて気持ちよかったから、

「今日でーじ過ごしやすい」

「今日でーじ過ごしやすい」

ってかぶせ気味で独り言をいってしまうくらいの過ごしやすさだった。


それに加えて

赴任して10日くらい経つ中で、どの程度コミットしていいのかわからずちょこっとイライラし始めてた自分がいたけど
旅行から帰ってきたHCと話してget it straightにできてまあまあスッキリしたこと。


そして今日ACが出張だったので、初めて生徒たちを自分だけで見れたこと。
(HCは隣のコートで上級生のコーチング)
正直気を遣ってましたしね。もちろんこれから話してコンセンサス取りながらやるけどさ。


てな感じでメンタル的にも素敵な感じの7月25日だった。
見ようによっては、普通の日。ただ、なんかいい日。そんだけ。

2010年7月24日土曜日

グラムにいきました

BKSPで初のフルウィークを終え、今週末はサバール周辺を散策。

早いうちに動いとかないと、にりてくるような気がしてねー。

「近くにグラム(村)があって、いい感じ」だと先輩から聞いてたのでそこへ。
BKSPを出て最初の角を曲がって、あとは道なりに進むだけ。
歩いているとお店とかも減ってきて、30分しないうちに緑が広がってきた。


村の名前は「コルタショティ」
いったいどこから村だったのかわからないけど、
うん、空が広い!



道端にいた少年たち。
もの珍しげに見てたから
「チョビ?」て言ってカメラを向けると嫌がったので放ってきたのに、
しばらく、かなりしばらくあとをついてきた。
だから勝手に撮ったった。

あ、チョビは写真のことね。もちろん。

想像通りというかなんというか、
ジャパニーズが一眼レフぶらさげて歩いてるもんだから、いろんな人が代わる代わるついてきた。
一緒に歩いて話し相手になってくれたりもするからありがたいよね。

途中からリレーみたいに、あるところまで誰かが(勝手に)先導してくれて、その人と別れたらいいタイミングで次の人が(勝手に)俺を捕まえる流れができていた。

んで、最後の人が「お家においで」っていうもんだから甘えることに。

招待してくれたのは左のカヒックさん。
服つくってるとかなんとか。

5人家族。
奥さんは穏やかでなんか知性のありそうな人だった。
真ん中の長男はシャイボーイ。


すすめられた水を恐る恐る飲みながら、
招待されたわりにそれほど質問されないことにどうしようと思いながら、
まあどうにかちょこちょこ話をしたわけですが。

「ここ夕日が綺麗だって聞いたんすけど、どこが1番綺麗?」って聞きたかったけど
「夕日、日没」って単語が思い出せなくて、"sunset"も通じなくてかなり苦労した。


絵を描きながら説明。
「ほら、これ太陽。これが下に行くでしょ、そしたらこれ何?」 いわゆる夕日の絵がそこに。

「そしたら次は月だよ」

・・・うん。
「朝と昼は太陽が空にあるよね。夜は月ですね、え、うん、星もありますね。
その前に夕方は太陽がこうなるよね、これなんていうの?」


「それは夕方だね」

的な流れをしばらく繰り返したのち、
もう「あの、これ、どこから見たら綺麗なの?」って聞いた。

そしたら


「コックスバザールだよ」(ダッカからかなり離れた観光地)


2秒だけ泣きそうになった。

「いや、この村で!」

「ああ、そのへんだよ」


「そのへん」引き出すための消費カロリー!!



真面目な話ほとんど英語が通じなくて、自分がこの1ヶ月どれだけ英語に助けられてきたか実感した。

こりゃ地方隊員とか相当なスピードでレベル上がるわ。


んじゃ、帰りましょうね。また来ます。たぶん。

うん、5人家族だけど部屋の中には15人くらいいました。

そんだけいるなら見守ってないでフォローしてくれよ!


次はベンガル語レベルをあと20くらい上げてから来たいな。


帰りはここにいた1人の少年が家に帰りながら送ってくれるかたちに。
名前は「シャゴール」ベンガル語で「海」。いい名前だ。16さい。
上の写真だと右側に立ってる青いシャツの子。


途中からついてきたおっさん。
「俺の写真撮ってくれよ」

カメラを構えると、隣にいた別のおっさんのバケツを借りて凛々しい表情。

バ、バケツいらなくねぇ?び、美意識!



村を出て歩いてる途中で右足が泥にはまって心からへこんだので、
近くのチャドカン(お茶の店)で洗わせてもらい、ついでにチャをいただく。





もちろんこうなりますわな。







一通り話したあと、チャ代を払おうとしたらひとこと。

「ラグベナ(いらないよ)」

たかだか5タカくらいの話だけど、異様に嬉しかった。

心意気に感謝しながら帰りました。日没前に。

2010年7月22日木曜日

1ヶ月が経ちました@キャネール


写真は内容とはなんの関係もありません。昨日練習帰りにクリケットフィールドにいた謎の生物。
尻尾までいれたら普通に1メートルはあったと思う。
CAN「え、え、あれ何!?」

生徒「ヘビみたいなもんだよ」

CAN「いやいや!めっちゃ手あるし!足あるし!」

結局話聞いても意味わからず謎のまま。誰か何なのか教えてください。日本語で。



閑話休題。たまには真面目な話もしよう。

バングラデシュに来て、1か月。

新しい土地で新しい人たちとそれなりの経験をして、それなりに考えたと思う。
細かいのがないからって足りないままお釣り渡されてちょっとびっくりしたり、
街なかで当然のようにゴミをポイ捨てする人たちに未だに戸惑ったり。


そのたびに

「自己の正当性を主張する前に己の持つ不確かさを検証せよ」

っていうキャネールスローガンがふと思い出されます。

この言葉は大学のレポートでも書いたことがある。あんま成長してないのかなー。

まぁまじめな話これまでこの言葉は誰かと議論するときとか、比較的パーソナルな枠組みで使ってきたけど、
こんなに全然違うとこだと使用頻度半端ないさね。

個人と個人だけでも正しさや価値観が違うのに、それが文化と文化ならなおさらだもーんね。

イライラも戸惑いもモヤモヤもぜーんぶ受け止めて
「うわ、まじか、そんな考え方とか生き方アリなのかよ、はっさびよい、まだまだだなぁ俺」
てたくさん思いたいんだはず。


自分のパースペクティブを広げるというより、その前に現在のそれがいかに適用範囲が狭くて不安定なものだったかってのを身をもって知りたかった、的な。ドMじゃないですか。

「己の不確かさを検証」するためにわざわざ日本離れてこんなとこまで来たんですね。
おつかれさまですマイセルフ。


ぐちゃぐちゃ書いてるけど、読んでみると普通のことです。
ゴミの件はどうしてもモヤモヤを払えないんだけどね。


一応それにくわえて
生活の違い、考え方の違い、その他いろんな違いを知って認めたうえで、
その中に共通する本質的で普遍的な正しさみたいなものを見つけたいんだと思います。

たぶん、今の俺の中ではそれが核です。


言い換えると
単純に「いろんな価値観を認めましょう、優越なんてないっすよ~」っていう文化相対主義的なことじゃなくて、
そういう文化の差異とかあっても成り立つような普遍性ってものの一片に触れたいのかもしれません。
もしそういうものがあるとすれば、だけど。


それをできればバングラで、もしくは日本に帰って教育現場で還元していきたいなー。
CANさんはきっとそういう風に思ってるのかもしれませーんね。


・・・あきさみよー、書いてて自分で意味わからん。

とりあえず誰か写真のやつがなにトカゲなのか教えてちょうだい。

哀しいバスケットリング

今日はJICAスタッフがBKSPにやってきたぞ。
BKSPとJICAのミーティングにうちら4人も同席&現状報告。
赴任1週間で報告て。

いろいろ話してたけど、簡単に言うとBKSPは日本からのさらなるサポートを求めているみたい。
人材とか、器具とか。
ま、オフィシャルな話なので省略。関係は良好なようです。


そしてそれぞれの報告inベンガル語。
ペラッペラしゃべる先輩隊員。

ちくせう!当然まだそんなスキルないし、そもそも1週間じゃ話すコンテンツ自体そんなねーよ!

と思いながらも

「コートが硬いっす。膝に悪いっす。できればラバーとかと換えてほしいっす」

「あと、バスケはインドアスポーツなんで、難しいとは思いますが週に1,2回くらいでもジムでやらせてほしいっす。リングもあるって聞きましたし。」


そしたらどちらもまぁまぁ好感触。
「頭に入れておく。上からそういう素材のものを乗せるような感じで。1年以内には。」

「ジムを使うときはいつでも言ってくれ。そしたら柔道とかボクシングどかすから」

たぶんそんな感じのことを言っていたはず。


まーっじすか。どこまで本気でとらえていいかわからないけど、とりあえずあざーす!!


その後校内の案内に同行。そういえばジムには初めて入ったぞ。リングはどこだーい。






ボクシング、柔道、体操の用具が中央に置かれてる体育館の隅でひっそりとたたずむバスケットリング。。。
心なしかうなだれているようにすら見え、かなり切ない画だった。


中央にコートはあってもその上に他の競技用具がどっしり腰を据えている。

「あのー、今日ジムでバスケしたいんすけど」

「おっけー、じゃあボクシングとかは違うとこで練習させるわ」

そんな軽い会話だけで使えるような気がしない・・・
ちくせう。


自分からももうちょい動いた方がいいかもだ。
環境に慣れきってしまう前に、ね。

2010年7月21日水曜日

どこにでも

はいさい、相変わらず、僕です。

現在BKSPには俺を含めて4人のJOCVがいます。
長くいる順でサッカー、テニス、水泳、んでバスケ。それぞれ3か月おきに来ています。

みんな同世代でやりやすい一方、仕事的には先輩だから今のところ敬語。
大学の部活のノリがあるとやっぱそうなっちゃいます。きーつかいーだしね、もともと。


ま、なんやかんやで
昨日、日本人4人とBKSPの偉い人(DIRECTORとDEPUTY DIRECTOR)と、飲みました@うちらの寮


この人たちには俺が赴任した時に挨拶したんだけど、自己紹介とか終わったあと

「ウィスキーは飲むのか?」

って聞いてきた人たちです。


「え、あなたたちムスリムじゃないんですか?」

という俺の質問に対して、


「うちらはmoderateなムスリムなんだ、はっはっは」


みたいに答えた人たちです。

一口にイスラム教の信者といってもその度合いにはいろいろあるんですよ。
KTCでのベンガル人の先生も酒飲むし。


ま、そんなこんなで飲んだわけです。
このDIRECTORがなかなか気さくな人で、日本のことも好きで、
「日本人はハードワーカーだ」
「問題があればいつでも言ってこい。うちらがどうにかする」って言ってました。ありがてぇすわ。
いろいろ楽しく、まじめに話したのち、彼の家が遠いので9時半くらいに帰ることに。

あ、じゃあ記念に1枚。


俺の隣の人がDIRECTOR。
正直に言うと、頭頂部にはあまりヘヤーがありません。バーコード系。

そして楽しそうな日本人4人。そのあとの惨劇も知らずに・・・




帰ったあと、5人で残りのウィスキーを飲みながら話しているうちに、
写真の花柄シャツのDEPUTYが白熱してきて、

「たくさんのコーチがいるけど、What the hell are they doing?」

「条件はそろってるはずなのに、いったい何が問題なんだ?」


うちらJOCVに直接向けられたものではないにしろ、他の外国人コーチにたくさんのお金を払っているのに期待するほどの結果が残ってないことや、明確なゴールを持たずにコーチングしている人たちがいることに不満を抱えているようで。


言いたいことは理解できるんだけど、あまり反論とか意見をする機会を与えずにまくしたてて、うちらは途中から全員白目向いてました。


酔っぱらうと語っちゃう人、やっぱどこにでもいるんすねー。

そして上の人間と現場の人間のもつ認識の差ってのもやっぱりどこでもあるもので。

でも、やっぱり結果は残したい!

最近ハイボールが好きになってきたCANさんはそう思ったわけです。


ま、チェシタ コルボ! 努力しまーす。

2010年7月20日火曜日

タイトル考えるのが一番めんどい

BKSPでの活動が始まって1週間が経とうとしてますな。


序盤はとりあえず練習見て、最後に驚異的に拙いベンガル語でコメントするって感じだったけど、
今は練習の合間に口をはさんだり、練習メニュー自体を導入したりしてます。

口をはさむと言っても、

「エファベ、ナ。 エファベ」(こうじゃない。こうだ。)

が半分以上。

ジェスチャーを交えながら、というかそれをメインにどうにか伝えてやってます。
このへんはスポーツの強み。
あとプレイヤー全体の問題点はわかってきたので、同じ単語をたくさん使ってそれっぽく指示出してます。
正しくしゃべってるかどうかは置いといて、とりあえず大声出して伝えてしまえ、的な。
ちなみに生徒の名前は初日に一人ずつ撮った写真と名簿を照らし合わせながら覚えてきたぞ。


これからどんどんメニュー導入していくし、全体のスケジュール作りも考えていくことになります。
が、今組まれてるスケジュールをどの程度変えていいのか、気分を害さないよう様子を伺いながら、無駄を省いて効率的な練習にしていきたいですね。



こちらは、ベンガル人のコーチ陣。2年間どうぞよろしく願います。
向って右の背の低い方の人がメインで、バングラバスケ界における地位的にも高そう。


本当にすごくいい人で、
「なんでも言っていい。うちらはファミリーだ。」
的なことを英語とベンガル語交えて言ってくれる。

きっとCANさんはかなり恵まれた環境に放り込まれてるんだと思います。


しかも俺の大きなテーマのひとつに

部活バスケを通して得られるメンタリティの形成
(チームワーク、努力し続けること、ルールや時間を守る、勉学疎かにしない、とか)

があるんだけど、彼らも同じような考えを持っていて有難い。


これからいろいろ見えてきたらまたショモッシャが出てくるかもしれないけど、それはそれでフレキシブルに対応していきましょう。


練習の様子も写真撮ってちょこちょこアップしていきまーす。

2010年7月18日日曜日

そろそろコメントとかほしくなってきたぞ

的な感じでやらせてもらってます。
これまでは隊員ハウスでブログの点数つけてくれる人もいたけど、任地だとやっぱひとりだもんね。
つか、そもそも誰が見てるんでしょうね、これ。

なんにせよ、今日はBKSPでのスケジュール+これまでの印象・感想を書きましょう。
写真はまったく関係なし。テニスコートです。それ以上でも以下でもナイス。

●基本スケジュール
まず朝6:30から8:30まで練習して、生徒は学校で普通に授業。
その後夕方の4時から6時くらいまで練習。

なんか部活頑張ってる日本の高校みたいなスケジュールだね。

うちらコーチ陣は授業の間に練習のメニュー作成やらなんやらをするようだ。
正直まだわからない部分はたくさんあります、はい。

んで
バングラでは金曜が休みなので、BKSPも休み。
土曜は仕事によって違うみたいだけど、BKSPは午後だけ練習。
あとの日曜~木曜は前述のとおりの練習があるわけですね。


とりあえず、早起きつらい!!きっと今後つらい!!
毎日0校時あるようなもんだ。。。
まぁランチ後の休憩で軽くお昼寝も可能みたいなので、朝は頑張ります。


●印象
最初来たときバスケ部は筋トレをしていて、見ると190近くあるやつやマッチョなやつもいた。


これはもしかしたらやばいぞ・・・


正直そう思った。


ま、コートでのプレイを見て安心したってのが本音ですが。
ただ個人としては身体能力高そうな子や、ベースがそれなりにできている子もいた。
この中に数人ナショナルチームやU-16のメンバーがいるんだけど、レベル的にいうと平均的な高校生くらいかな。
QYOで見てきた何人か、バングラならナショナルチーム入れるかもww

いろいろ問題はある。個人でもチームでも。
俺の全体的な印象では、

ディフェンス

オフボールでの動き・パッシング

が特に大きな課題だと思われる。そのへんからどうにかしていきたい。


初日から練習見て、コメントまでしちゃいましたが、この言語力のなさに本当に辟易した。
当然のことながら彼らは前任者の最後の姿(=ベンガル語ペラペラ~)が頭に残ってるはずなので、まずは少しでも早くベンガル語力を向上させなければ。


そして同時に実力で黙ってもらうしかない。
昨日試合に混ぜてもらったときにパッシングでコーチと選手の心を掴んだ感触があるので、そのへんは大きな心配なくやれるんじゃないかと思う。


そんなこんなで、出だしとしては決して悪くないでしょう。
これから本格的に指導に入っていくので、コーチと話しながら、言語力上達させながら、がんばってやっていきたいもんですな。

2010年7月16日金曜日

BKSP

3週間ほど滞在したダッカ市内から車で1時間半、職場であるBKSPに昨日赴任しました。
BKSPとはBangladesh Krira Shikkha Protishtanの略で、
英語にするとBangladesh Sports Education Institutionになるんでしょうか。
ま、スポーツ学校てことすな。

外観はこんなんす。立派な建物だと思います。
ここで2年間バスケを教えるわけですね。


門を抜けるとこの建物が左側にあって、他にも寮やなんかまだよくわからん他の建物(おそらく校舎的なもの)もあります。


敷地はかなり広い。
テニスコートやサッカーフィールドもあるし、写真の奥に見えるのはクリケットのジム的なやつだったはず。
この原っぱは何用なのかわかんないんだけどね。












外国人コーチには部屋が用意されていて、十分暮らせる設備が揃っている。
これは前々から聞いてたから特に驚きはなかった。
トイレ、普通にお湯出るシャワー、冷蔵庫、AC、テレビ、机、タンス、ベッドが基本としてある感じ。
ちなみにキャネール部屋にはなぜかベッド2つある。ひとつは完全に荷物置場と化すでしょう。
「友人の宿泊も申請すれば可」なのでカモン。



んで、そう、ご飯も出るんですよ。
メインはトルカリ(カレー的なやつ)
辛すぎないようにアレンジされてて、ふつーにうまい。
昼はマンゴー1ことかついてて、それもまたうまい。
つか、なんていうか、ふつーにうまい。

本当にお金使わずにこの敷地内だけで生活できてしまう環境が用意されているようです。



今から部屋見つけて家具揃えたりしなきゃいけない同期に対して申し訳なさいっぱい。
多少たかられても文句を言うつもりはナイス。ガチで。

ま、与えられた環境は存分に享受させてもらいましょ。





そしてこれが肝心のバスケットコート。
そうですね、外ですよ。
コートは2面。カメラの後ろにもう1面あるよ。
フロアはコンクリか何かよくわからん。
とりあえず、硬い。膝に悪い。
もちろん汚れてるしグリップもきかない。
鋭いステップワークとか無理じゃないすかね。
急なストップ&ゴーとかも。

練習メニウとか以前にこれが最大の問題点。

ただこの環境で何を成すか、なんだはずね。
環境を向上させる努力はしなきゃだけど。




と、まぁ初日はいろんな偉そうな地位の人たちに挨拶をしたあと、午後の練習を見学しましたよ。
が、その感想やその他スケジュールについてはまた次回。
今回は職場紹介ってことで、このへんで~。

2010年7月14日水曜日

赴任前日

今日語学学校終了しやした。

これまで3週間くらいオリエンテーションやら云々やってきたけど、明日っていうか今日からはとうとうみんな任地へ出発。
バラバラになっちゃいます。

外国での長期滞在は高校時代のアメリカ留学以来。
そのときとの大きな違いは、仲間が近くにいるってこと。
日本のともだちや生徒に会えない寂しさをあまり感じなくて済むのも、なんやかんや言って彼らがいるおかげだと思う。
たくさんいじめられてきたし会話の量や質に違いはあるかもしれないけど、駒ヶ根からの3か月色々とシェアしてきた仲間だと認識させてもらっている。

よくよく考えてみると、相当でかい。


明日以降ちょこちょこダッカにあがってきた人とかには個人的に会ったりするだろうけど、次に11人全員が集まるのはばっぺーたら半年後とかになるかもしれない。


そのときにお互い素敵な現状報告ができたらいいよね。


焦らず、しかしベストを尽くしまくりましょう!
Good Luck for All:-)

2010年7月11日日曜日

7がつ8か

語学学校にて。
テレビのプロデューサーが来る。
番組で外人がなんやかんやするコーナーがあるらしく、それに出たい人はおいで的なアナウンス。
任地が首都ダッカのメンバーは夕方詳しい話を聞きに行ってみることにした。


帰り。

友人と2人でCNGに乗る。値段交渉。
かなりうまくいけば100、120。ダメなときは200。だいたい150って感じ。

む、今回は200タカか、高いけど交渉めんどいしあとでお金出るからいいよ、行こう。


学校からステイ先に向かうとき、ある道を通るとすごく早く着くんだけど、その道は軍事施設のそばにあるから外国人は通れない。
ま、タイミングと運がよければ通れたりもすることもあったりなかったり。
とにかく基本的には大回りして帰ってて、こっちとしては別にそれでまったく問題ない。

ただ今回の運転手はこの道をチョイスし、しかし止められ、大回りの道に戻ることに。

そしたら運転手が話しかけてきた。


は!?なんで大回りだったら350なんだよ。

意味わからん。話通じん。
外人禁止ってわかってたくせに、ダメならもっと金必要とかふざけんなよ。

じゃあここで降りる。止めてくれ。


はぁ!?道のりの1割くらいしか進んでないのになんで200欲しがってるんだよ。

とりあえず止めろぃ。

降りて100渡して(これでもスーパー譲歩して優しさ見せての値段)さっさと移動しようとしたら
足りんとか言いやがる。

友人にはちょっと向こうに行っててもらい、拙い言葉で言い争い。

ふざけんなよ。おめーの勝手な判断ミスだろ。
早く金渡せだ?十分あげただろ。100でも高すぎるんだよ。


久しぶりに、本当にイライラした。
ベンガル語と英語と日本語を交えながら、言葉が通じないモヤモヤを抱えながら、普通にキレた。


普段は驚異的な温厚さを発揮しているCANさんですが、譲れないことには案外ガチなようです。


しばらく争ったのち、最終的に道行く人に「ヘルプ」的な雰囲気を出したら
「もういいよ、さっさと行けよ」みたいな感じで終了。


その後別のCNGに乗って帰路につく。

このイライラを解消すべく、一昨日行った服屋へ。
しっかり覚えててくれて、また楽しく話して、友人がTシャツ買うのを見届けて、機嫌を直して
「いやぁ、行きつけにしたいさー、しばらく買うのなさそうだけど」とか思いながら次の予定へ。


プロデューサーと面会。濃い人だった。

スタジオがなんかあやしい・・・本当に大丈夫なんだろうか
と思っていたけども、なかなか有名な番組らしく、自信をもって説明してくる。
あとで聞いたらホストも普通に知ってる番組で、問題はないようです。


これまでの映像もいくつか見せてもらい、だいたいやることは理解した。
ああ、よく意味わからないけど面白そうですね。ネタにもなりそうですね。
やるからにはチョイ役よりもガッツリ中心でやってみたいですね。
やしが出たとしてもこの映像他の人たちには見せたくないですね。

そんな雰囲気のコーナーだった。
ただせっかくだから出れるなら全然出るモチベーションはある。

しかし今のところJICA側の許可待ちです。
許可が下りれば意味わからないダンスとかしてるCANさんがバングラの茶の間にお届けされるかもしれませんねー。


こんな感じの非常に体力のいる木曜だったけど、最後にホストとしばらく楽しく話せたので良しとしましょ。

2010年7月10日土曜日

ホームステイまとめ2

さて、つまらないまとめ後編。はじめましょ。
この辺からメモも雑になってきていて何をしたのか詳しく思い出せない。
関係ないしぼけてるけど食事のシーンを壱枚。
もちろん手で食べるんですね。右手使うの上手ですこと。



では
7/5
語学学校は今日も順調。楽しいね。合っていると思う。

夕方まで一緒に過ごしたい人と過ごして、帰宅。
この日もお父さんは必要以上にからんでくる。
一人で休憩させてくれ・・・だらだらネットさせてくれ・・・

気を遣ってくれてたくさん話してくれてるのはわかるけど、ちょっと疲れていた。

一人の時間があるからこそ、みんなと過ごす時間が楽しく感じるし、
逆についてもバイスバーサだと思う。


ただ、このへんで切り替えることにした。
一人になりたいけどなれないと思ってるからイライラするわけで、それを諦めてあと数日くらい常にコミュニケーション取ったるぜくらいの気持ちでやればいい。
そう考えて過ごすようにした。


7/6
Tシャツを買いに行った。
お店の人と普通に話をし、仲良くなったので160タカのTシャツを地味に値引きしてくれて150で購入。
バングラっぽいTシャツなので今度写真撮ってアップしたいなぁ。

仲良くなったついでに写真も撮っといた。いい人たちだったぞ。


帰宅後は屋上に上がって隣の家の人たちともお話をし
部屋に戻ったあとは娘に「あっち向いてホイ」を教え込み、2人で楽しく1時間近く遊ぶ。

そうだ、たかだかあと2日。プライバシーとかどうでもいいのさ。
すごく楽に過ごせたこの日。


7/7
ほぼ記憶にありません。
語学学校の近くでおいしいクリームパンを買いました。


7/8
ホスト以外の部分ででかいことがいくつかあったので、それは別枠で。
最後の晩餐は23時過ぎ。相変わらずおっせい。
あ、今更だけどバングラでは夕飯がでーじ遅い。
9時10時がスタンダード。
7時くらいに軽食とったりもするけど、本番は10時くらい。
ご飯できてても無駄にダラダラするんですよ。
んで、そのあとすぐ歯磨いて寝る、みたいな。

というわけで最後の晩はなぜかいつもより遅く終わった。


翌日、隊員ハウスに帰ってきて今に至る。

まとめとしては
皆素敵な人たちだった。そこに嘘はない。
いろいろ話をするなかで語学力がどれだけ向上したかは不明。
ただ考え方とかに触れることができたのは大きかった。
バングラの生活スタイルを体感できたのも非常によかったし、食も現地のものだったけど問題なく過ごせた。

俺の中ではいい関係築けたと思ってる。また何回か会いに行きたい。
やしがステイ自体はとりあえず8日間で十分。2年は無理だw



しゃ、このダラダラした記録もこれで終わり~
赴任まであと数日、いくつかやりたいこともあるし、楽しみながらがんばりましょ。

2010年7月9日金曜日

ホームステイまとめ1

先週の木曜から今日までホームステイでした。
全然時間なかったからブログ書けなかったけど、ノートに箇条書きで記録してたものをベースに、転写的な感じで残したいと思います。
完全につまらないトーンで長くなると萎えるので、無駄に2つに分けて書きましょうね。


7/1
ホームステイ開始。父母息子娘の4人家族。親父さんが政府関係者でJICAとのつながりも強く、俺は25人目のホームステイらしい。もうベテランホストっすね。

それが何を意味するか。


そう、お土産に扇子なんて、やめとけ。

何番煎じだよってはなしです。


一応あるか確認したのち、
「・・・あなたたちにはあげません!職場の人にあげるんだーい!!」
と言って逆ギレし、焦り、取りだしたのは、指ハブ。

よかった。食いついた。
見た目も綺麗だし、とりあえず場はつながった。


7/2
ホストとチリアカナに行った。日本語に訳すると動物園。入園料10タカ。1タカは1.3円くらい。
思ったより広くて、それなりに動物いて、なかなか楽しかったですね。
ベンガルタイガーは見とけーですよ。

馬に乗った。1周3タカ。
象にも乗った。1周5タカ。



そのあと隊員ハウスに行くために初めてバスにも乗った。14タカ。
到着直後に比べればそうとう経験値上がっている気がするぞ。

バングラ人は人懐っこいのが多いしまだ外人は珍しいので、バスの中でも
「日本人なのかい」「何の仕事しに来たんだい」「バングラデシュはどうだい」「どんくらいの期間いるのかい」「来て2週間?ベンガル語うまいなおい」
てな感じで話しかけてくる。

基本いい人だし、言葉の練習なるし、バスに乗るのも悪くない。

その夜暗くなりすぎて、ホストに帰る途中迷って泣きそうになったのは、ご愛敬。


7/3
語学学校の主催でダッカ観光。
いくつかの場所に行ったけど、それらがどういう場所なのか、どういう理由で建てられたモニュメントなのか、ほぼ説明なし。

というわけで、以上。


7/4
出張していたホストファザーが帰宅。
これに伴いそれまで親の寝室で寝ていた長男が部屋に戻って来る。
それはいい、しゃーない。

ただこの親父さんが必要以上にからんでくる。
優しいしいい人なんだろうけど、マークが厳しい。フリーになれない。
まるで一之倉のようだった。

全然リラックスできずに終わった日曜日。

4日目にして少々のストレスを感じ始めて、前半戦が終了。

2010年7月1日木曜日

名刺をつくってみました


タイトル通りです。


両面印刷で、表が英語、裏がベンガル語になってますよ。
帰ってからもネタになるように、300枚注文したのです。

本当は昨日受け取るはずだったけど、
「ちょっとサイズ小さく作ってしまったからとりあえずその100枚、
あとの200枚はちゃんとしたサイズで作るから明日ね」

おっけー、確かに微妙に小さいw

つか、そんまま渡すんかーい。


というツッコミを一応しつつも、まぁ全然気にならず今日取りに行った。


思ったより高くついたお金を払い、残りの200枚を受け取り、箱を開ける。

さっそく昨日もらったカードと比べる。



・・・変わってないんかーい。



実際どうでもいいけど、また新たなバングラの洗礼を受けた水曜日。


明日からはとうとうホームステイ。1週間。
ちょっとめんどいけど、とりあえず体にだけはお気をつけてまいります。