2010年9月26日日曜日

もう「今週の」とかじゃないベンガル語3

どうも、最近ガチで英語がしゃべれなくなってる僕です。


笑えないくらいの大問題。


もともと学校を辞めて駒ヶ根にいるころから英語力、特にスピーキング力と単語力は著しく低下していたわけだけど、
ここのところはそれに拍車がかかっている。


数日前、学のありそうな人と英語で話していた。
それなりに内容のある会話だったから、コンテンツ自体をしっかり考えて返答しなければならなかった。




・・・ぜんぜんえいごがでてこない。


「日本にはたくさんの人がいます」みたいな簡単な文を言おうとしたときでさえ、


「ジャパネ There are オネック people アセ


という残念すぎる言葉が口から出ていた。


死にたいと思った。


以前は自然にできていた「英語で考える」という作業がまじでできなくなっている。


沖縄帰ったらリハビリするつもりだけど、今の時点である程度キープし続けとかないと、大変なことになるぞ。


(正しい英語であれば、すなわちベンガル英語じゃなければ)聞いて理解することはまぁできるから、アウトプットの練習をしよう。
ということでこれからときどき英語でも日記を書こう。




て書きながら、久しぶりにベンガル単語をまとめます。
もう1ヶ月近く前のやつとかあるさぁ・・・
最近同期とかから習ったやつは適当に抜粋して入れよっと。


2010年9月25日土曜日

そーねんば

どうも。完全に寝不足の、僕です。


今週末はこれまでのバングラ生活でかなり下位に位置するものだった。
ああ、週末と言ってもここでは金土を指してます。
読んでもひとつも面白くないけど、書く!




2010年9月22日水曜日

3か月が経ったけど

コックス編はまた近々書きます。
というわけでどうも、今日でバングラ来てちょうど3か月の僕です。
1週間もしないうちに新隊員が来ちゃうよ。

3か月。節目。今の心情をつらつらと書いてみたい。
思いつくままの文なので構成とか展開は崩壊してますな。


休み明けでリズムに乗れてないし、同期が入院してるってのもあって、あまり素敵な気分ではない。

休み中にしたいと思ってた勉強的なこともあまりできず、気がついたら3週間経ってたし。

まず、自分の活動は、現時点ではかなり中途半端だと思う。
カウンターパートは理解ある人だけど、まだまだコンセンサスは足りない感じがするし、
言いたいことをしっかり言えてるわけでもないし、いまだに「立ち位置」ってのがはっきりしていない。

おそらく自分のスタンス自体が中途半端なのかもしれない。
その場しのぎではないけど、どこかに「とりあえず持てる技術や知識を使って生徒たちを上手くしたらいいんでしょ」的な気持ちがあったのかもしれない。
練習も共通理解のないまま自分の作ったおおまかなスケジュールをもとにすすめることもあれば、
気が変わって「うーん、これしよう!」てなることもしばしば。

計画性とか企画力とか、そういう部分がいまだに弱い。


ざっくり言ってしまうと、どうしても成長してるというか前に進んでる気がしない。
活動も、周囲との関係も、言語力も、自分自身の人間性も。外的にも、内的にも。

自分でそのへんわかってるのは悪くない。
最悪なのはそれを認識しながら動こうとしない自分が絶対どこかにいること。
そういう部分を変えたいって思ってここに来たとこもあるはずなのに。
もしかしたら「活動の中で徐々に変わっていく自分」ていう甘い考えもあったのかしらね。
こういうケースでchangeは自動詞にはなりえないですよね。
自分の意思で変えていかないと。


というわけで、簡単にまとめると現状・自分の在り方に何も納得していない。
書きながら「どうせ口だけでしょ、俺」と思ってる部分もあるけど、ここで書くことによって前に進まなければいけない状況をつくろう。もっと苦労しよう。


今後何の成長も見られなければ、思う存分罵倒してください。


節目の投稿はどうしても内省的で暗い感じになってしまうな。ネクラなもんで。
フォローの意味も込めて最後にいいこと書こう。


ロジャの途中くらいからションギット(*9月8日参照)が練習の1時間前に来て俺と一緒に個人練してることは書いたっけか。書いてないっけか。どっちでもいいや。
とにかく彼とは休み明けても一緒にやってるし、「これからも来る」って言っていた。


そして少しずつ他の生徒も練習前に来るようになって、その時間にシュートフォームのチェック・修正とかをお願いしてくる生徒も出てきた。
実際全員をまとめて教えることはできないけど、
俺の存在が少しでも「うまくなりたい」っていう気持ちを刺激して、
「この日本人から教わったらうまくなれるかも」っていう気持ちを持たせることができてきているなら、それは素敵なことだ。


て書いたら少しだけ泣きそうになったけど、結局原点はそこだ。
信頼関係築いて、一緒に成長していく。それだ。


よし、がんばる。甘えない!

旅行・チッタゴン2

15日
KYOKOさんが仕事なので、それに付いて行った。
というわけでチッタゴンその2は同期の活動紹介がメインです。


あ、KYOKOさんの活動内容は『感染症対策』で、簡単にいうと地方の病院や予防接種所を回り、正しく実施されてるかチェックしたり、教育をしていく感じだと思います。
うん、協力隊っぽい!


まずはバスで地方の病院へ向かう。約2時間。
下ろされる場所が違ったものの、どうにか目的地へ到着。
そこでいろいろ話を聞いたり、薬品とか器具とかの保管状況を確認したりしていた。






その後近くの接種所へ。
黄色いのが「ここで予防接種してますよ」っていうサイン。


「あなたのこどもに注射をさせましょう」的なことが書いてある。

実際に注射をしてる人と話して、器具等を適切に取り扱ってるか、正しく接種させてるかなどを確認。

そばのこどもたちは日本人を見学に来た、ただの村人。

こんな風にまじめに働くKYOKOさんを置いといて、俺は村のこどもたちを追っかけまわして遊んでいた。

久々に「むら!」「こども!」あと「おっさん!」て感じの写真が撮れたからいいかな。


村の長老的な感じの人。さて、何歳でしょう?




答えは「エクショ ドッシュ」。 110さい!
真偽は確かめようもないけど、耳も聞こえてて、話もできるし、本当だったら相当すごい。


さて、話は活動に戻る。
本来なら2,3の接種所を回るらしいが、ヘルスなんとかっていう一緒に活動する人が乗り気じゃなかったらしくこの日はこの1か所で終了。
おつかれさまでした。


きっと本人の中ではまだまだやるべきこととかあるんだろうけど、活動の基盤はすでにしっかりしてる感じがした。
刺激になりました。
やっぱ他の隊員の活動を見るのは良い。
特に同期だとさらに「頑張らないとなぁ」っていう気持ちになる。


そんなこんなで
左右に広がる緑を眺めながら通りへ出て、バス停へ行き、そこでKYOKOさんにありがとうさようならして、
Cox's Bazar行きのバスに乗り込んで、チッタゴン編、完。

最後になんか表情が気に入った子どもの写真を載せて、コックスバザール編へつづく。


旅行・チッタゴンその1

今日も、僕です。
9月13日から18日まで同期と一緒に旅行に行ってきました。3部作くらいでお送りします。

13日
ダッカからバスで6時間半、チッタゴンに到着。
チッタゴンには同期も含め何人か協力隊がいるんだけど、ちょうど同じタイミングで旅行に来てたJUNさんが料理を作ってくれて6人で天ぷらを食べる。
まさか着いてすぐの食事が天ぷらとはね。ありがたいす。
同期のKYOKOさんの家にお邪魔して、おやすみなさい。

14日

同期3人で港へ。
魚だー
舟だー


てな感じでそのへんの写真を撮っているとノウカに乗せて対岸まで連れてってもらった。
もちろん金かかったというかぼられたけど、3人とも漕がせてもらったし、まあいいか。


ちなみに3人で進んだ距離、おそらく-20mとかです。
写真はKYOKOさんの漕ぎ姿。なんだけど完全に背景になっている(笑)


おいしいランチを食べた後、KYOKOさんとはいったんバイバイして、バングラの民族博物館へ。
外国人料金100タカを払って入場。(ベンガル人は10タカくらい)
建物の写真は都合により不掲載。
中身の写真は撮らなかった。一応禁止って書いてあったし。


クオリティはバングラとしては頑張ってるかなって感じ。
バングラデシュにはいろいろな少数民族がいて、それらのことが知れたのでよかったかなと思う。
チッタゴンの丘陵地域にも11、12の民族が住んでるんだけど、いろいろあって危険なのでJOCVは立ち入り禁止なんすよ。
けど、いつかぜひ彼らと触れ合ってみたい。


その後ニューマーケットというショッピングモールに行くも、閉まっていたので近くの通りを歩きながら少しショッピング。
特に何も買わなかったが、そこで寝てたにーにーの中に揺るぎないポリシーを見た。


ほくろの毛、重宝しすぎ。

商品、ないがしろにしすぎ。




そんなこんなで夜はチッタゴン隊員と、同じ時期に旅行に来てた隊員と全員でお食事。
旅行に来てまさかの日本人9人でのディナーです。。。
ま、そこの飯はたしかに良かった。刺身が出てきたしね。やっぱ海のものはいい。


ただこのとき払った1000タカが、カードを忘れていたCANさんに対してのちのち重くのしかかってくることになるわけですが。




兎にも角にも、チッタゴンは相当いい場所な気がします。
基本的に栄えてて必要なものは何でもそろいそうだし、空港あるし、ダッカほど車ひどくないし、非常に過ごしやすそうな場所だと思う。


てなことを考えながら、この日も同じ家にお世話になって翌日に備えるのでした。
つづく

2010年9月11日土曜日

9月8日

少々時間は遡りますが、8日です。
生徒は俺がちょこちょこマイメンシンに行くことを知っている。
「近くに住んでる」ということで一人の生徒、ションギットからダワット(招待)を受けたので、行ってみた。


あ、僕です。


リキシャで行けるくらい近いぜ的な感じで話してたのに、フタを開けてみたら「バスで3,40分」だった。遠いよ!
しかも実際乗ってみたら特に混んでたわけでもないのに1時間弱かかったし。
一応そこも「マイメンシン地区」内にあるんだけど。


とにかく、どうにかこうにかバス停付近で生徒と合流。
リキシャを捕まえたので
「あ、歩いて行ける距離ではないのね」と思ってたら


バザールを通り過ぎ、着いたのは船乗り場。


・・・まさか。




はい、乗りました。ここで予期せぬノウカ(小舟)初体験。
一応これは中・長距離移動用なのか、モーターエンジンがついてた。


ノウカから見えた風景。




こんな景色を眺めながら10分くらい乗って、下船。


ちょこっと進んで・・・


・・・・・・家なんてあるのか・・・?
と思ったのも束の間、やっとこさ到着。


イケメンがヌードでお出迎え。あざす。


軽く挨拶して、座る。
もちろん、食事が出てくる。


基本的にはミシティ(お菓子)がメイン。
バングラのお菓子は本当に甘い。


そんなことより
ほぼみんなロジャ(断食)してるのに気まずいな、と思いながらもごちそうになってしまった。
写真のあとには果物が盛られた皿も出てきたよ。


食事も一段落つき、家族のみんなと話した。
ションギットは一人っ子。だけどお兄ちゃんタイプでいい男だ。素敵な教育したね、ご両親。
近くに住んでる年下のいとこたちの存在もあるんだろうか。


お父さんは消防士で、マイメンシンの同期の家の近くに昔住んでたらしい。昔かよ!ややこしい。。
今はシレット勤務になったので単身赴任しながら、休みの日に帰ってきてるそうだ。


庭に出る。
牛、鶏、アヒル。
いろんな種類の果物もあった。
眺めてたらさっと木に登ってペヤラ(グァバ)を10個くらい取ってくれた。写真では見えにくいですが。



庭でそのペヤラを食べながら話を聞いてみると、
他にもマンゴー、ライチ、レモン、ジャックフルーツ、ココナッツなど、季節ごとにいろんな果物ができるらしい。

「今度はマンゴーの季節(4,5月)においで」と言ってくれた。


そして部屋に戻ってご飯とトルカリをごちそうに。
ちょっと前にだいぶ食ったし、数時間後に違う家でイフタール食べるって言ったんだけどね。。。


そんなこんなで2時間くらい滞在して、ありざーした。


最後にお腹パンパンの状態で記念撮影させてもらいました~


俺、目ほそっ!顔うすっ!!


ひとりで行けって言われたら無理だけど、ぜひあと1回くらい行ってみたいものです。
他の生徒の家も見てみたいなぁ。だいたいアホみたいに遠いけど・・・

2010年9月10日金曜日

Hate It

どうも。休みが始まってからJOCVハウスでダラダラし、いつものようにお腹壊し、マイメンシンに行き、数日滞在し、さっきBKSPに帰ってきた、そんな僕です。


これまでに2回ほどマイメンシンには行ってますが、まぁ基本的に3時間弱の道のり。
しかし今回、6時間。
イードがあるとはいえ、バスが1ミリも動かない時間帯が1時間くらいあった。
(イード:断食明けのお祭り的なもの。日本の盆みたいなポジションと考えるとわかりやすい)


はっきり言って、モン カラップでした。(機嫌悪かった)


その前段階として
午前中やろうとしたことがうまくいかなくて、
出発しようと思ったときには雨で、
バス停行くために乗ったリキシャがカスで、
ただでさえテンション低かったところにこのトドメ。


もう1回言うと、モン カラップでした。かなり。


感情にまかせて話をしたりするのは嫌いだけど、そういうとこも含めてバングラ生活なので、悪口書きま~す。


バングラデシュの交通事情は悪すぎる。


信号が少ないとか舗装の状況が良くないとかハード面に関しては別にいい。しゃーない。


やしが途上国はみんなそうなのか、基本的に「Me First」。
交差点では自分のタイミングでつっこむし、片道一車線の道路で無理に追い越そうとするし、
接触あったら乗り物を脇に寄せずに口論始めるし、ほとんど相手のせいにするし。


それで問題がないなら何も言わないけど、実際そのせいで周りに迷惑かけてることもしばしば。
今回の渋滞というか停滞も、反対車線のバスが無理に右側へ車体をつっこんだせいで、こっちの車線が麻痺したってのも一因だったぽい。
見たときにはかなりイライラした。




本当になんというか、バングラドライバーたちには「譲る」というコマンドがない。
加えて、「周りのことを考える」というコマンドも。
うん、沖縄のタクシーの数倍タチが悪い。


運転に関することに限らず、バングラには総じて「いま・ここ・わたし」にベクトルが向いてる人が多い気がする。
(*誤解のないように・・・俺の周りの人、カウンターパートとかはそうではないです。)
でもこのへんも含めて異文化交流なんですよね、きっと。


よーし、少しすっきりした。たまにはこんなんでもいいでしょう。
頑張っていきましょう。

2010年9月6日月曜日

I AM HERE

どうも、あらためましてバングラデシュ派遣・CANと申します。
職種はバスケットボールです。


数日前JICAオフィスに行ってみると、封筒が届いていた。
表敬訪問のときに間に合わなかった「沖縄PR用のDVD」だ。
県庁からJICA沖縄を通じて送られてきたのだ。やったね。
機会を見つけてぜひ見せたい。まだ自分も見てないけど沖縄の海があれば大丈夫でしょう。


それにしても受け付たのが8月25日て書いてあったから、書類サイズなら1週間程度で届くのか。いいぞ。




とりあえず
「DVD届きましたよ、あとんす」メールを送るためにJICA沖縄のHPにアクセス。


けど、メールアドレスがない。


あげー、ちゃーすがと思いつつ、いろいろとのぞいてみる。


お、「新規派遣ボランティアの紹介」か。
そういやHP用に一人ずつ写真撮られたな。


どれどれ。




ほう。




興味深い。






何度探しても俺がいない。




一緒に表敬したメンバー全員紹介されているのに、どこをみても「きゃん」の「きゃ」の字も、バスケのバの字もない。
動揺して20年度派遣まで下りて探してしまった。




KTCでいじめられ、バングラデシュでいじめられ、最後の砦沖縄からもこんな仕打ちを受けるとは。。。




ちょっとだけ
「お礼のメール送るのやめようかな・・・」と思ってしまった。




気を取り直して理由を考えた。
1.俺は派遣されてないことになっている → DVD届いてるわけだしそれはないだろう


2.派遣隊員随時更新中で、俺だけまだ → 普通は同時に掲載するはずだし、2か月経ってるし、ありえない。


3.『派遣前のインタビュー』みたいなやつを出すの忘れたのかも → 出したつもりだけど、ありうる


4.なんか理由とかわからないけど嫌われてる → そうでないことを願うほかない




というわけで3だと言い聞かせて、ただこの日はメールを送ることなく、そっとパソコンから離れましたとさ。


また気を取り直してアドレス探して送ります・・・

2010年9月1日水曜日

おいしい牛乳が飲みたい

どうも。「牛乳」て打つ前に3回「ぎゅうみゅう」って打ってしまった、僕です。

現在トルコでバスケの世界選手権が開催されています。

が、ESPNではサッカー、クリケットばっかり。もう!
たまにやってるWNBAのプレイオフで我慢しています。

今日の練習を最後に3週間弱の長期休みに入ります。

ありがたいと思ったり、3週間も休んだらこの1ヶ月で教えたステップとかまた忘れちゃうよと思ったり。
今後の練習に向けて準備をしなきゃいけない部分もあるので、ありがたいの方が今はでかい。

この1ヶ月で何ができたかと考えてみても、正直わっかんないす。

ことばが伝わらないこと、コンセプトが伝わらないこと、どこか温度差を感じること、
微妙にいろんなストレスが重なって理由なく機嫌良くないこととかもあった。


「ロジャで動けませーん」とか言ってるくせにレクレーションでサッカーしてるときはなんでそんなに走れるんだよとか思ったり。
練習時間にそんな予定あるなんて昨日言ってなかったじゃんとか思ったり。



ま、とにかくやすみ。


リフレッシュしながらしっかり勉強もして、3週間後に備えましょうね。