2011年3月30日水曜日

ROOKIES

どうも、最近部屋が汚い、僕です。


トーナメントも終わり、練習再開です。
というか試合の話書いてないね。


3月26日がバングラの独立記念日(でいいのかな?)で、それに合わせた大会でした。
招待された8チーム中、2位。
決勝でネイビーに負けました。点差まで予想どおりです。


今回、ほとんど関わってない生徒たち(テストなどで練習にも出てなかった)がメインでプレイしてたこともあり、
CANさんはギャラリーから観戦することにしたわけなんですが、
正直「まあ、こんなもんでしょう」というのが感想です。
課題は何も修正されてないし。


結局「シュート入ったもん勝ち」「でかいもん勝ち」みたいな意識が見られます。
シュートはともかく、身長はどうにもならないんだから、それを言い訳にせずカバーすることを考えろよ。


という感じです。




さてさて、それは置いといて、新入生がやってきました。
今年は6人、うち5人はタレントハントで呼ばれた子たちです。


「ちゃんとした基礎を固めればそのあと伸びるのも早い」ということで、
ルーキー+2年目の選手たちを僕が担当することになりました。


夏休みまでの3週間、完全に別でやります。9ヶ月目にして初の、完全セパレート。
手を抜くシニアにわじわじーする必要がなくなりますが、
努力する意志を持った生徒を見れない、パッシングの精度をもっと上げたかったなど、
心残りなこともあります。




が、ここは与えられたチャンスを存分に生かして、
このルーキーたちのバスケキャリアの礎をしっかり築いていきたいと思います。


実はド新人を教えるのは初めてなので、さまざまなアプローチ法を試して経験値を上げるためにも
妥協せずに頑張っていきませう。

2011年3月29日火曜日

From Today's Paper

どうもー、たまに新聞を買う僕です。
何か行事のあとや、気になる記事がありそうなときもそうですが、
ターミナルからバスに乗るときによく買います。
ちなみに新聞は一部10タカです。13円くらい。


今日もBKSP帰る前に買いました。
いくつか日本関連のものもありました。
載せます。

2011年3月28日月曜日

Zoo

だるい!ぼくです。どうも。
また書くこと溜まりかけてます。ちくせう!1個ずつ処理だ。

3月25日きんようび

えっと、何の日でしたっけ?

・・・そう、チリアカナのタンガイル公演の日です。
「チリアカナ」とは・・・8月末の記事参照で。
ま、人形劇などを通して特に子どもたちに対して啓発活動を行っているわけですね。
それにしてもBKSP公演から7カ月経ってんのか。怖すぎるぞ。

とまあCANさんは当然メンバーではありませんが、ひょんなことからお手伝いすることになりました。

タンガイルまでバスで3時間。
そしてその中心地(といっても田舎ですが)からさらに車で2時間、完全なるグラム(村)へ。

その頃には臀部に鈍い痛みを覚え、
「BKSPから直接行けば良かった・・・」と思いまくっていたのは言うまでもありません。。。

公演の地に降り立つメンバーたち。
彼らを取りまとめる、団長。しょんしょんさん。

・・・渋すぎます。
"Bad City"が流れてきそうな勢いです。古いか。


今回は村のメラ(お祭り)の中での公演でした。
こんな感じ。


「食べる前に手を洗わなきゃね」「ゴミのポイ捨てダメよね」などを劇を通して伝えていきます。


聞き入る観衆。




この他に歌あり、三線あり(このために来た)、子どもも巻き込んだ劇ありで盛りだくさんでした。
『大きなカブ』のカブ役、CHUさん。
超大役です。全然抜けませんでした。
かわいいなぁ、なんか。


感想・・・
27歳初日をほぼ移動に費やすという初体験は置いといて、チリアカナの活動は刺激になります。
目的もはっきりしてるし、人々との触れ合いもあるし、ベンガル語も少し上達しそうだし。
今後もたまーに同行させてもらって刺激をもらおう。ごくたまに。なるべく移動が辛くなさそうなときに。




おまけ①
村のこども。眼力あります。鼻は隙だらけです。
絵に描いたような青っぱなです。


おまけ②
村の子どもその2。第一ボタンだけ留めて、へそをオープン。
春先から夏にかけてバングラで流行することは疑いありません。


おまけ③
キャッスルさん。


ふつうに気持ち悪いです。


2011年3月25日金曜日

One of the "First Step"s

最近少食な、ぼくです。どうも。
この文章自体は書いてたのですが、やっと写真が手に入ったので、今アップします。


3月12日
去年の暮れくらいから計画していた、バスケット教室の初日でした。
小学校教諭であり同期の森megと連携して、小学生にバスケットを教えます。


「バングラの小学校は体育はあってないようなもの、身体の動かし方やチームワークを学んでほしい」


という森megの希望と、


「BKSPで教えて上を伸ばすだけじゃなく、バスケの知名度を上げて競技人口を増やして横を広げたい」


というCANの希望を合わせて、今回の実施に至りました。
今後いくつかの学校を回りながら月2のペースで教えていくことになります。


この学校での対象は4年生約50名・・・ボール10個に対してはさすがに多い!


①まずは、軽く準備体操。
こういうストレッチもほとんどやったことないらしく、それなりに新鮮だったようです。

②ボールを後ろに渡しながらアップ。
ぐっちゃぐちゃになりました。。。


③7列くらいに並び、ひとりずつボールハンドリング的な。
ボールを上に投げあげて手を叩く、一回転する。など。


④そのままドリブルへ。まずは何も言わずに。
当然のごとく手の平で叩いていましたが、


「指を使ってコントロールするんだよ、んで手首は柔らかくね」と教えると、ちょっと上手になりました。




⑤走りながらドリブル→コーンを回っておかえりなさい。
思ったよりできるじゃないですか。ぐっちゃぐちゃでしたけど。


⑥リング代わりのかごに向かってシュート。


という流れでした。
ハンドリングをもうちょっとやりたかった、シュートもさせたかった、などいろいろな反省点はありますが、
とりあえず無事?終了しました。楽しかったすよ。


こっち側がもっとうまくまわせればよかった、という反省も当然あります。
予定の6割程度しかできなかったし。
ま、初回から全部思い通りにできたらそれはすごすぎます。そんな力は僕にはありません。
次回以降へと活かしていきませう。


真剣に取り組むからこそ、森megとの意見のぶつけ合いも起こりうるかもしれません。
それで仲たがいすることなく、是非そのへんもプラスに還元していきたい所存です。はい。

2011年3月24日木曜日

Farewell Party 20-4

3月18日
20年度4次隊たちのビダイ(送別会)が行われました。
僕らからしてみれば、大先輩です。


当然ですが、それぞれ挨拶をしていました。



それを聞いて一番感じたのは、

まだ俺は語ることばをもたない

ということ。


1年3ヶ月後、「向こう側」で自信を持って語れていたい。

そう思いました。

この気持ちをなるべく忘れずに、忘れたら無理やり思い出すようにして、頑張らなきゃ。

そう思いました。


そして送別会後に気がついたのが、

ぜんぜんまともな写真を撮っていない

ということ。

肝心の20-4の写真が少ない・・・あほです。
無理やり何枚か載せてしまおう。
相も変わらず肖像権とかは無視です。

大先生。ワイングラスに入ってるのは、当然水です。


その場にいた世話役で。

その場にいた同級生で。JUNには戻ってきてもらったんですが。

「え、右下の人は同級生なんですか?」というツッコミはあからさますぎてポイント低いです。

あとCANさんの七三はなんだか気持ちが悪いです。七三というか八二くらいですね。




そんなことよりも・・・一番の感想は、単純に、さみすぃ!


もっと仲良くなりたかったし、もっといろんな話を聞きたかったっす。

月並みな表現しかできない自分が嫌ですが、

日本での活躍を心から願っています。願いまくっています。

2011年3月23日水曜日

Mar. 14-16

3月14日: Medical Check Up

健康診断でした。
人生初のKB・・・またひとつ大人になった気がします。
体重は予想以上に少ない数字でびっくりしました。
きっと間違いでしょうが、来バ前よりは絞れているはずです。悪くない傾向です。


15日・16日: General Meeting
半期に一度の隊員総会。




隊員や専門家の活動内容のプレゼンやパネルディスカッションがあったり、
JICAからの安全や健康管理の講和などがありました。


先輩隊員の活動は、職種関係なく学ぶところがあります。
帰国まで、このポジションで迎えたいですね。


そしてKINGのKINGたる所以が見られました。噛み倒しても爽やかです。羨ましいポジションです。
勝手に写真載せたらまた怒られそうなので、申し訳程度に小さくしておきました。


********


夜は同期会。会場は韓国料理屋『スラ』。焼き肉です。
肖像権等、無視しています。


なんでしょう、Yukariさんのこの微妙な表情。何を憂いているのでしょうか。
というか、リスです。完全にリスです。
サエコは脇が見えています。しかしセクシーさのかけらもありません。

CHUさん。忘年会の係長に見えてしまいました。
今日もみんなから愛される、僕らのリーダーです。
ダッカに上がって、1ヶ月が経とうとしています。


3月・4月生まれの4人を祝ってくれました。 
プレゼントにもらったスリランカのユニフォームは気に入っています。ピッチピチですけど。


僕の手にあるケーキですが、サチヨがかなり欲しがっていたので、こうなりました。






ちゃんとしたケーキなのにこんな風にして、Yukariさんは案外ふつうに怒っていました。




ほんと、しっかりしてほしいものですね。あんなに店内をぐちゃぐちゃにして。




横で黙々と掃除する僕の身にもなってほしいものです。




ちなみに、ケーキはうまかったです。




同期との付き合いももうすぐ1年。
そろそろドアーを開いていこうと思います。

2011年3月22日火曜日

Quake

どうも、久しぶりに自分のPCを触っている、僕です。
書くべきことがいくつかありますが、時系列意識しすぎずに、書けるものから残しておこう。


3月11日の地震からすでに10日が経っています。


ちょうどネットに接続していたのでタイムラグもなく知ったんですが、
mixiかYahooのニュースで文字で見たときの正直な印象は「ふーん、大変だなぁ」でした。
全然なにがなんだかわかっていませんでした。


次第にその規模などが明らかになり、原発の話があり、余震は終わらず、死者数はいまだ増え続けています。
ただ基本的にはそれらの映像を見てはじめて実感が湧いた、事の重大さを認識した、という感じです。




亡くなられた方のご冥福と、被災地の一日も早い復興と安全の確保を祈っています。


2011年3月10日木曜日

Better not Compromise

部屋で移動したらずり落ちたルンギが蚊取り線香をひっかけて、「あ」って思って下を向いたら
手に持っていたビールがこぼれた、どうも僕です。


今日も隙だらけです。


今週はなんだかんだでささっと過ぎて行きました。地味に忙しかったせいもあるでしょうか。


明日は、ナショナルチームとの練習試合です。
こっちは代表選手もいない、若手中心のチーム。厳しい戦いになりそうです。


ま、結果はどうでもいいんです。
ていうか万が一あっちが負けようもんならこいつら代表にしてくれって感じですし。


本来ならゲームでもドリブルとか禁止してるんですが、さすがに試合を控えているということと、パスすべきかドリブルすべきかの状況判断の具合を見るという意味も込めて、ドリブル解禁。


・・・案の定でした。


ドリブル禁止の抑圧から解放された生徒たちは無意味で生産性のないドリブルを繰り返し、
出せるべき速攻が潰れ、勝手に追い込まれてターンオーバーをし、
レシーバーになるべき周りの人間も動きが鈍り、CAN的にはほとんどお話になりませんでした。


非常にストレスフルなゲームでした。


何かやろうとしてミスしても怒らないけど、何の考えもなしにプレイしても意味ないよ。
数ヶ月前の状態となんも変わってないよ、おまいら。
そう伝えました。


結局ドリブル許可しちゃうとそれが第1オプションになってしまうし、残りのメンバーがボールレシーブのために動かなくてもその責任があやふやになってしまうんですよ。


何度も言ってきた俺の狙いを理解し、実行しようとしているのは、本当に2、3人いるかいないかってくらいです。
まだそういう子が数人いるだけでもいいんですけど。
彼らはプレイヤーとしても人間としてもどんどん伸びると思うし、伸びてほしいですね。


とにかく、もっとパッシング徹底して、カットや合わせが習慣になるまで我慢強くやるしかないですね。




そんなこんなで明日の練習試合は朝8時から。ダッカで。
BKSPを5時半に出ます。うひー。

2011年3月9日水曜日

Need to take Some Countermeasures

内容と全然関係ない写真を載せてみた、どうも僕です。


僕ら外国人寮の側は、常にバラが咲いてます。優雅ですね~。


バラ園の奥では電気工事が行われていて、もうすぐ終了します。




完成した暁には、停電がなくなるという噂です。なんだか申し訳ないですね。


そんなBKSPに昨日、イギリス人がアーチェリーのコーチとしてやってきました。
彼は1年前くらいまでここにいたようです。


オフィスで挨拶や自己紹介をしたあと、
「日本では英語教えてたけど、あなたとたくさん話してぜひ英語のリハビリしたい」


「なぜなら今私の英語とベンガル語混ざってめちゃくちゃだから」


みたいに言いたくて口を開いたら、


"...'cause now my English and Bengali are ショブ mixed up"


って言ってました。


発言に嘘がないことは明白ですが、もとの英文自体の正確さも疑わしいし、
とりあえず白目を剥かざるを得ませんでした。




仕事再開後しばらくして、彼が
"Could you tell me the code for Wi-Fi?"みたいなことを聞いてきました。
BKSPのオフィスにはワイヤレスネットワークが有るんですが、特にパスワードとかは要りません。


なので僕は答えました。


"Code? Ah, code ドルカル ナイ"




消えてしまいたい。単純にそう思いました。




こんなことは少なくないので挙げればキリがありませんが、ここまで重症だとは思っていませんでした。


そろそろ対策しないとやばい気がしてきました、まじで。
誰か僕と一緒に英語の練習をしてください。
日記ももっとちゃんと書こうと思います。


さーて気づけば1週間も折り返し。ちばりませう。

2011年3月6日日曜日

Looong Way to Go

どうも最近寝付きのあまり良くない僕です。


今週が始まりました。


少し前から毎週日曜はトラックに集まって、掛け声と国歌を歌ったあとにそれぞれの練習に向かうことになっています。

以前は毎月第一日曜日だったのですが、「規律がダメになってきてる」という理由から毎週に変更したようです。


そんなアッセンブリーの様子①

そんなアッセンブリーの様子②

右から2番目がバスケ部です。やっぱでかいですね。


そしてこの時聞かされたのです。

2011年3月5日土曜日

Diagnosis: the Result

そういえば、病院行くだけ行って最終的な診断結果を書いていませんでした、僕です。どうも。


ダンモンディにある『SQUARE HOSPITAL』にて受診。
てーげー綺麗な病院でした。
金持ちのベンガル人ばっかり来てるようです。




診断の結果、医者が言うには

2011年3月4日金曜日

CB

どうも、野球とサッカーという二大スポーツが苦手な、僕です。
バレーやハンドはなかなかなんですが、手以外のパーツを使うスポーツはへなちょこなんです。


・・・ていうかほんと飽きたなぁ、このエントリー。


さて、金曜は日本人学校に企業やJICAの職員、キングサッカー隊員などが集まってサッカーをやっていて、たまーに参加させてもらっています。


今日は彼らがBKSPの生徒と試合をするということで、ついでに車に乗せてってもらいました。


鼻ほじりながら観戦しようと思ってましたが、人数不足で出ることに・・・


ポジションはCB。
もちろんチャールズバークレーではなく、センターバックですね。
それにしてもバークレーはあのサイズでよくトップPFの1人だったなぁ。すごいよなぁ。
さすが『フライング フリッジ(空飛ぶ冷蔵庫)』と呼ばれただけあるなぁ。


・・・どうでもいいんです、そんなことは。


経験者だらけの中そわそわしながら、もう1人のCBの方やGKよっくんの指示を聞きながら、ボール来んなよーとか思いながら、プレイさせてもらいました。


最終的に試合には負けましたが、個人的には非常に勉強になりました。


サッカーはオフェンスもディフェンスもバスケと通じるところがあって、
OFもDFも基本的にはスペースの取り/潰し合いだと思うし、
DFの位置は当然ディナイ/ヘルプ・カバー・リカバー的な要素が出てくる。


加えてサッカーはバスケにはないオフサイドってルールがあるから、CBは常にラインを意識してポジショニングする必要があるみたい。
コート広いからどうしてもブラインドできて大変だけど、ボールやOFの位置だけじゃなく、常に隣のCBも視野に入れながらやるっていうね。
ラインがしっかりしてれば裏にOFがいても問題ないというか。


そこはバスケとは違う面白さかなー、とか思ったりしました。
もうちょっと勉強させてもらってバスケにも還元できるかなー、とかも。


サッカーでDF上手い人ってやっぱバスケでもヘルプの位置取りとか上手いんでしょうねー。




そして、一番の感想。


バスケもこんな風にプレイする機会がほしい!


是非早いうちにJICA対KOICAでも何でもいいから実現してほしいっす。
来月中にできたら最高だ。万一デングにかかってても行くなぁ。
料理隊員の手腕に期待。かなりの、期待。


そんなことを考えている僕の財布残高310タカ。がんばります。

2011年3月2日水曜日

Marriage

クスリが切れたせいか午後からなんだか頭がだるめなどうも僕です。


3月も始まったということで、今回はバングラにおける結婚観についてちょろっと書いてみたいと思います。
浅学にして誤った情報を書いてしまったら、どんまい。

ベンガル語で「結婚」は「ビエ」と言います。
「結婚する」だと「ビエ コラ」(「コラ」は当然「する」という意味)になるんですが、
これは原則的に男性の場合に使うようです。

女の人について言う場合は「ビエ ホワ」(「ホワ」は「なる」becomeという意味)になります。

もちろんバングラでも恋愛からの結婚というものはありますが、お見合いというか、男性側が何らかの情報で女性側の情報を得て、見てみて、気に入ったら向こうの家族と話して、まとまれば結婚、という流れも珍しくないらしいす。

ことばから見てもわかるように、結婚において女性は主格で語られない、ということっす。
去年の暮れにクリケットコーチが結婚しましたが、それもお見合いで、何回か会って結婚したようです。


ちなみに最近「どんな感じ?」て聞いたら
「まぁ好き、30%くらい。一緒に生活して知ってきたらあと30%増えるでしょ」
みたいな返答でした。
残りの40%の行方は、忘れました。。。

ついでにいうと、というか上にも書きましたが、
男側も親がアレンジするならそれに従って結婚する、という気持ちがあります。


個人としては恋愛したいけど、親の言うことを仕方なく聞いているのかな、というのが日本人的感覚。


やしが生徒に聞いてみたところお見合いと恋愛、どちらを望むかとアンケートしたところ、
答えはほぼ5分5分でした。


恋愛したくないわけじゃなく、親の言うことなら不満もない、という印象でした。
彼女がいても、親が気に入らなければ自分的にもノー、みたいな。

このへんにも文化差を感じますね。


英語のmarryも元々は「親が結婚させる」という意味の他動詞or受動態で使うことが圧倒的でした(たぶん・・・)。
だから『親 marry 子ども to 相手』の文で使われてて、並列じゃないから前置詞はwithじゃないんだよ、
子どもをあてがってるイメージでtoなんだよ的な教え方をしたりしなかったりしていました。
むかし。

まー昔の日本もこの形の方が主流だったでしょうし。
時代の流れとともに文化も変わっていき、それに伴って「ビエ」の持つ意味合いも変わっていくんでしょうかねー。


的な感じで明日ダッカに行きます。

2011年3月1日火曜日

The End of Feb. - All's Well That Ends Well?

とうとう今日抗生剤と痛み止めが切れてしまった僕です、どうも。
病院には水曜に行くことになりましたが、それまでに果たして痛くなるのか、どうなのか。楽しみですね。

如月最終日。なかなか忙しい日でした。
朝練行って、終わって、飯食って、少し休憩して、いつもより1時間早くオフィスに行きました。

昨日、やっと手に入れたバスケットデパートメント部屋の鍵で開錠。

・・・開いた!

まあ、普通ですけど。この国ではなにがあるかわかりませんからね。

ちょっと興奮しちゃいましたもん。

順調に下がり続ける、しあわせのハードル。


部屋に入ると机にはJICAからのレターが。
再来週の隊員総会のか、と思いながら開けてみたら、

語学学校のやつでした。


・・・おせーよ!!




あやうく封筒を地面に投げつけるところでした。

あ、JICA側じゃなくてBKSPが回すの遅いんでね。
きっと総会のも終わったあとに来るんじゃなかろうか。



閑話休題。

早め出勤は、明日DG(一番偉い人)にプレゼンをしなければいけないということで、そのお手伝いのため。
というかもらった情報をこっちが処理してパワポに・・・という作業です。ほぼメイン。

内容は昨年度の目標と達成具合、そして今年度の目標など、でした。
バスケ部の状況を復習するという意味でなかなか有用だったんじゃないかと思います。

作成途中でトレーニング部門の幹部に呼ばれて軽く見せることになったんですが、
同席していた他のプレゼン予定コーチとの話がどんどん白熱してきて、


完全にほったらかされました。



パソコンには目もくれません。


今月の『ほったらかしオブザマンス』受賞です。

ま、この国じゃこんなのも普通なんですけどね。